叔父の結婚式。30年近く連れ添った2人がついに結婚。
普段は自分の気持ちを顕にしない祖父が言った。
「私は世界一の幸せ者です。」
僕は泣いた。なぜ泣いたんだろう。涙の理由は一つではない。さまざまな思いが自分の身体を駆け巡って、思わず涙が溢れ出た。
僕は両親を世界一の幸せ者にすることはできないし、こういうことを思わせてもらえるような立場にはなれない。
また、自分が心から愛する人との幸せを自分の大切な家族や親族たちに祝ってもらうことは決してできない。その愛がどれだけ深く大きくても。
いくら寛容な世の中になっても、僕たちが偏見の目なく認めてもらうことは、少なくとも僕の世代には不可能だろう。
そもそも偏見を抱いているのは自分なのだから。
認めてもらえたとしても、その表面的な受認の裏の偏見の目を読み取ってしまって、僕は余計に悲しくなるだろう。
自分の愛する人との幸せを世間に誇示することができる結婚式という儀式は、”普通の人”にとっては最上級の幸せに違いない。
一体いつまでこの地獄のような悩みを誰にも打ち明けずに胸に閉まって生きていかなくちゃいけないんだろう。
どの道選んでも地獄なのだから。